2010-03-01

ダイオウイカ ― 深海のミステリー (協力:動物研究部 窪寺恒己)


ダイオウイカを追いかける


 欧米では伝説の海の魔物クラーケンのモデルとも言われ,日本国内でも人気RPGにモンスターとして登場するなど,大型頭足類の中では抜群の知名度を誇るダイオウイカ。科博でも地球館1階『サイズへの挑戦』に液浸標本を展示しています。
 しかし知名度とは裏腹に,ダイオウイカの生態は長い間謎に包まれて来ました。深海に暮らすダイオウイカが人間の生活圏に現れることは滅多になく,サンプルの入手は今回のような漂着・漂流や,トロール漁などで稀に,偶然捕獲される個体に頼っているためです。

 ダイオウイカは何処に,どの程度の数棲息しているのでしょうか。何を食べ,何に食べられているのでしょうか。何年くらい生きるのでしょうか?

 それらの疑問に迫るため,窪寺グループ長は2001年より調査チームを結成して,ダイオウイカを含む中深層性大型イカ類の調査・研究を開始しました。
 ダイオウイカの居場所についてヒントを与えてくれたのは,マッコウクジラでした。高い潜水能力を持つマッコウクジラは,水深数百メートルから千メートル以上まで潜ってそこに棲むイカを食べています。調査捕鯨で捕獲されたマッコウクジラ約30頭の胃内容物を専門研究者と窪寺グループ長が調査したところ,95%以上がイカ類だったことが判りました。ダイオウイカなど巨大イカ類の肉片や顎板(からすとんび)も含まれており,他の中型・大型のイカに比べて被食数は少ないものの,体が大きい分,重量比では比較的大きな割合を占めていました。
 マッコウクジラの個体数は,日本近海を含めた西部北大西洋だけで約10万頭と推定されています(2001年,日本鯨類研究所)。この数のマッコウクジラを支え,なおかつ自分たち自身,食い尽されてしまわないだけのイカ類がその海域に潜んでいるであろうことは疑いありません。そしてそのイカたちの中に,ダイオウイカもいる筈です。

 1990年代後半以降,ダイオウイカを撮影,或いは捕獲しようという試みは世界各地で行われて来ました。潜航するマッコウクジラにカメラを取り付けてみようとしたり,深海探査艇で直接探したりもしました。しかしダイオウイカの姿は,捉えられないままでした。

 探査艇等が近付いて行くことで,イカが驚いて逃げてしまっているのかも知れない,そう考えた窪寺調査チームは,イカを刺激せず,深海の環境にもなるべく影響を与えない調査方法を模索しました。そして考え出されたのが,ソデイカやアカイカなど比較的大型のイカの漁獲に使われる漁法,樽流縦縄漁法(※2)を応用する方法でした。その方法を具体的にご紹介しましょう。
 旗をつけた浮きにポリエステルとナイロンでできた縦縄をつけ,縦縄の先に水中データロガーを,更にその下にイカ釣り用の仕掛けを取りつけました。仕掛けは3メートルのテグスの下端にソデイカ用のイカ針をつけ,餌として生スルメイカを吊るしたものでした。テグスの途中には枝糸をつけて,一方には釣針とスルメイカ,もう一方には匂いでダイオウイカを誘うため,すり潰したオキアミをたっぷり詰めたメッシュの袋を取りつけました。
 データロガーはデジタルカメラとストロボ,タイマー,深度センサーがセットになったものです。設定した推進に達するとカメラのスイッチが入り,一定の時間間隔で自動的にデジタル画像を撮影できるようになっています。国立極地研究所が,アザラシなどの潜水行動を調査するために開発したものを借用させて貰いました。

 小笠原ホエールウォッチング協会からの情報で,マッコウクジラは毎年9月から12月に掛けて,小笠原諸島近海にメスと子どもが群れで現れ,特に父島の南東10〜15キロの大陸斜面によくいることが判りました。潜航する深度は日中で800〜1000メートル,夜間では400〜500メートルで,餌となるイカもこの付近にいる可能性が高そうです。
 窪寺調査チームは2002年10月,小笠原での縦縄調査を開始しました。縦縄の長さはクジラの潜航深度に合わせて400,600,800メートルの3種類とし,2003年からは1000メートルのものも追加しました。

※2 1960年代に兵庫県でソデイカを釣るために考案された漁法です。目印となる旗をつけた大きな樽を浮き代わりに,樽の下に縄,縄の先にテグス,テグスの先にイカ針をつけて海中に垂らします。テグスに分枝をつけて,複数のイカ針を同時に使う場合もあります。数時間後に巻き上げると,針に引っ掛かったイカが獲れます。

図:小笠原式深海縦縄漁具構造図(提供:窪寺恒己)
調査方法のヒントとした漁具の構造で,調査に使われた縦縄そのものではありません。
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