2009-11-01

2009年ノーベル賞 自然科学3賞の業績


テロメアとテロメラーゼ:細胞の老化の功罪

 DNAの役割は,情報の発現だけではありません。自己をコピーし,情報を次の世代へと引き継いで行く必要もあります。
 DNAのコピーが作られるのは,細胞が分裂する時です。DNAの2重らせんが解け,DNAポリメラーゼの働きによってそれぞれの鎖に新たな塩基が結合し,元と全く同じ2本のDNAが作られます。

 DNAポリメラーゼがDNAの複製を開始するには,プライマーと呼ばれる短い核酸の断片が足場としてDNAに結合する必要があります。
 プライマーはRNAやタンパク質から供給され,DNAの配列そのものとは全く関係がありません。DNAの複製開始後すぐに酵素によって分解されてしまいます。プライマーが結合していた部分の配列情報は複製されないため,新たな鎖は元の鎖よりプライマー分だけ短くなってしまうことになります(詳細は文末註 ※3)。

 複製の度にDNAが短くなるのだとすれば,生存に必要な遺伝情報は次第に失われ,遂にはDNAそのものが消滅してしまうことになります。しかし実際には細胞は何度も分裂を繰り返しており,何故それが可能なのかは長く謎とされてきました。

 ブラックバーン氏とショスタク氏は,染色体のそれぞれの端に見られる特殊なDNA配列『テロメア』が,染色体を保護するキャップの役割を果たしていることを発見しました。前頁でご説明したように,染色体はDNAがヒストンに巻きついて折り畳まれたものです。テロメアはDNAの端にある生物固有の特徴的な繰り返し配列で,存在は1930年代から知られ,染色体同士の融合を防ぐ働きがあると言われてきました。

 1970年代,ブラックバーン氏は単細胞生物(繊毛虫)テトラヒメナのDNAを解析し,末端に『CCCCAA』の短い塩基配列が繰り返し現れることに気がつきました。同時期にショスタク氏は,鎖状DNAを人工的に合成して作成したミニ染色体を酵母菌に導入すると,染色体が急速に劣化することに気づいていました。
 1980年,全く異なる生物を研究対象として来た2人の共同研究が始まりました。ブラックバーン氏がテトラヒメナからCCCCAAの繰り返し配列を単離,ショスタク氏はその配列を,ミニ染色体のDNAに結合させて酵母に導入しました。その結果ミニ染色体は劣化せず,繰り返し配列が染色体を保護していることが明らかになりました。
 テトラヒメナの遺伝子構造が全く別の生物である酵母の中で機能したことにより,繰り返し配列の働きは生物種に関わらず,普遍的なものであると推定されました。現在ではほとんどの動物・植物に繰り返し配列 ― テロメアの存在が知られています。

 末端にテロメアがあることにより,細胞分裂によるDNAの複製が繰り返されて行ったとしても,短くなって失われるのはテロメアの部分だけで済みます。しかし逆に言えば,DNAの複製が繰り返されて行くほどに,テロメアの長さは短くなって行きます。これを細胞の老化といい,老いた細胞が更に分裂を繰り返した場合,いずれテロメアは完全に失われ,必要な遺伝情報がむき出しになってしまいます。
 必要な遺伝情報の部分に短縮が起こると,生命活動に必要なタンパク質の合成が正常に行われなくなります。行われないだけであればまだしも,異常なタンパク質が作られてしまう危険もあります。これを防ぐため,老いた細胞ではそれ以上の分裂増殖を行うことができなくなっています。

 ブラックバーン氏とグライダー氏は,短縮されたテロメアを伸長させる働きを持つ酵素『テロメラーゼ』を発見しました。
 老いた細胞ではテロメアが短くなっていますが,裏を返せばテロメアの長さを維持することができれば,細胞の老化を遅らせることができます。
 いつまでも若くいられる…といえば良い話にも聞こえるのですが,細胞の老化がそのまま組織や体全体の老化に繋がって行くかどうかは今のところ明らかにはされていません。むしろ癌細胞ではテロメラーゼの働きが活発なことが知られており,テロメアがいつまでも短くならないために,細胞が無限に増殖してしまっています(※4)。

 テロメアの構造,働きが明らかになったことで,癌細胞のテロメラーゼをターゲットとした新しい癌治療,癌ワクチンの研究が始まっています。既に治験の段階に至っている研究もあり,新たな光明がもたらされる日も遠くないのかも知れません。


※3 DNAの鎖には方向性があり,片方の末端を3'末端,もう一方の末端を5'末端と呼びます。2本の鎖は互いに逆向きに結合しており,鎖の一方の5’末端にもう一方の鎖の3'末端が対応しています。DNAの複製は2本の鎖で同時に進行しますが,DNAポリメラーゼが新しいDNAの鎖を作ることができるのは5’末端から3'末端へ向かう一方向に限られています。
 コピーの元になるDNAのうち一方の鎖(リーディング鎖:元の鎖の3'側から複製が始まる)では,新たな鎖は5’から3'へと一気に伸びることができますが,もう一方(ラギング鎖:元の鎖の5'側から合成が始まる)では5'から3'へ向かう不連続なごく短い鎖(岡崎フラグメント)が次々に合成され,その後酵素の働きによって1本に繋ぎ合わされています。複数の合成が同時多発的に行われるラギング鎖の複製は,リーディング鎖と比べ多くのプライマーを必要としますが,末端以外ではより上流から複製を進めてきたDNAと置き換わるため長さの問題は起こりません。
 プライマー分の塩基配列が失われてしまう問題は,いずれの鎖かに関わらず,飽くまでそれより上流のない5'末端(元の鎖から見れば3'末端が持っていた情報)に限られています。

※4 逆に幾つかの遺伝病は,テロメラーゼの働きがほとんどないか弱すぎるために細胞がダメージを受けることで起こると考えられています。

参考:ノーベル財団プレスリリース(全頁)


(研究推進課 西村美里)