2009-10-15

ヒトの進化を遡る ― 新発表『ラミダス猿人』化石 (協力:人類研究部 河野礼子)


440年前の女性『アルディ』とその仲間たち

 『アルディ』は今回復元,命名されたアルディピテクスの女性です。頭骨と歯,手と腕,骨盤,足などが発見されており,ほぼ全身の姿が復元できました。
 アルディの身長は約120センチ,体重は約50キロ。他の個体と比べて華奢な頭骨と,特に小さい上下の犬歯から女性だったと推定されました。
 年齢は判っていませんが,男性を含めた他の個体と比べても大柄であり,おとなであると考えられます。

 アルディやその他のアルディピテクスが暮らした440万年前は,地質年代では新第三紀鮮新世の前半にあたります。鮮新世は末期を除けば比較的温暖で,後にエチオピア北東部となる地域には森林が点在していました。森林の外縁にはシュロが生え,数十キロ先には木のまばらな平原が広がっていました。
 アルディと一緒にたくさんの動植物の化石も見つかっています。植物ではイチジクやエノキ,動物ではトガリネズミやコウモリ,ヤマアラシなどの小型哺乳類のほか,クマやサイ・ゾウ・キリン・レイヨウほか比較的大型の哺乳類,オウムやフクロウ,クジャクなどの鳥類の化石もありました。


 アルディの骨格は,原始的な類人猿やサルの特徴と,彼女たちの少し後,およそ400万年前から100万年前に掛けて生息したアウストラロピテクス属(※1)や私たちホモ属のようなヒト科の特徴が入り混じった構造をしていました。

 例えば脚は骨盤から真っ直ぐ下に伸びていましたが,足の形は現在の私たちとは違い,親指のつま先を使ってものをつかむことができるようになっていました。木の上で枝をつかんで移動するチンパンジーなどの類人猿に似た形ですが,類人猿ほど柔軟に指を動かせた様子はなく,太い幹から細いツタまで何でもつかんで移動に使う,という訳にも行かなかったようです。
 また,アウストラロピテクス属やホモ属の足の骨では甲の部分がアーチ型に盛り上がっており,長く歩いても疲れにくい形になっていますが,この構造はアルディには見られません。足の裏全体をべったりと地面につけて歩くしかなく,それほど長距離の移動はできなかったことでしょう。

 手や腕は地上で食べ物を拾ったり,持ち運んだりすることに向いているように見えます。
 チンパンジーやゴリラなどの大型類人猿では,重い身体を木の上に引っ張り上げたり,手首や掌で体重を支えることができるよう,腕が脚と比べて極端に長く,掌も指の長さに比べて大きくなっています。しかしアルディでは腕と脚の長さはほぼ同じ,掌も指より短いほどです。チンパンジーのように頭上の枝をつかんでぶら下がるための関節や靭帯も発達しておらず,木を頻繁に上り下りしたり,高いところで姿勢を支えたりするのには適していなかったようです。
 これらの大型類人猿は地上や枝の上を歩く時,前足の掌ではなく手の指の甲側を下にして体重を支える『ナックルウォーク』と呼ばれる歩き方をしています。アルディにはその徴候はなく,木の上で四足歩行を行う場合は掌を下についていたと考えられています。

 どのようなものを食べていたかは,歯の比較からわかります。
 良く熟した果物を好むチンパンジーでは,果物にかじりつくのに適した大きな門歯と犬歯を持っています。臼歯は咬み合わせの面が大きくエナメル質が薄いのが特徴です。柔らかいものを噛み潰すのに適していると考えられます。
 繊維質の葉や茎,木の皮などを噛み切り,口の中で折り畳むようにして食べるゴリラは,臼歯が大きく,エナメル質が全体的に薄く,咬頭(歯の咬み合せ面に見られる,溝で仕切られた山型に見える構造)が高くなっています。葉などの硬いものを切り裂いたり,口の中で折り畳んだり,磨り潰したりして食べるのに向いていると思われます。
 アウストラロピテクスはアルディピテクスと比べて,より開けた平原の環境に適応していたと考えられています。アウストラロピテクスは臼歯が大きく,エナメル質がぶ厚く発達しており,硬いもの,土や石がついたままになっているなど歯をすり減らせやすい状態のものを食べていたことが伺えます。
 さて,アルディピテクスの歯を見てみると,犬歯と臼歯が共に小さく,咬頭も小さく丸くなっています。臼歯のエナメル質もアウストラロピテクスほど発達していません。噛み切ることにも,噛み潰すことにもあまり特化しているとは言い辛い形であり,アルディピテクスは特に偏った食性を持たない,雑食生活をしていた可能性があります。

 足と手,歯から考察してみると,アルディピテクスは主に森林の中で生活し,地上では両手で地中の食べ物を探したり,小動物を捕まえたり,手にした食糧を運んだりしていたと考えることができます。
 木の上にいる時はチンパンジーなどほど敏捷ではなく,木の上に住む小動物を追い掛けて捕まえていた可能性はあまりないようです。
 チンパンジーではオス同士がメスをめぐって大きな犬歯で争いますが,アルディピテクスでは男性の犬歯も大きくないことから,配偶相手をめぐる諍いは少なかったと考えられます。強いオスによるメスの独占ではなく,手にした食糧を決まった女性のところへ運んでご機嫌をとったり,女性が子育てに専念することができるよう手助けをするなど,一夫一婦の関係が成立していた可能性もあります。
 アルディに配偶者がいたのかどうかは判っていませんが,食糧を手にした夫の帰りを木の上で楽しみに待つ,そんな時間を過ごす日も,もしかするとあったかも知れません。

※1 アウストラロピテクスについては,地球館地下2階『人類の進化』で詳しくご紹介しています。アルディの発見地から北へ約75キロの地点で発見されたアウストラロピテクスの女性『ルーシー』の復元模型もあります。ルーシーはアウストラロピテクスの中でも小柄で,大柄なアルディとでは種同士の違いを一概に比較することは難しいですが,顔つきや手足の様子など,両者の違いを思い起こしながら観察してみてください。

 まとめ

 @ 『アルディ』はラミダス猿人の女性です。身長約120センチ,体重約50キロでした。
 A 骨格は原始的な類人猿またはサルと,より新しいヒト科化石の特徴をあわせ持っていました。
 B チンパンジーやゴリラと似ていない点も多くありました。


図:現代人女性(左)とチンパンジー・メス(レプリカ)の頭骨(国立科学博物館蔵)

より詳しく知りたい方のために
地球館地下2階『誕生と絶滅の不思議』