2009-09-01

トキ野生復帰への挑戦 ― 2回目の試験放鳥を控えて (協力:動物研究部 西海功)


トキは第2のコウノトリになれるか?

 日本で1度野生から姿を消し,人の手で繁殖,野生復帰が図られた野鳥はトキが初めてではありません。

 コウノトリ(Ciconia boyciana,コウノトリ目コウノトリ科)は江戸時代までの日本ではごく身近に見られた鳥でした。留鳥として日本に定住するものがほとんどでしたが,中国の個体は夏には満州地方,冬には中国南部への渡りを行っており,その途中に日本を訪れるものも一部あったようです。
 しかし明治以降,餌場となる湿地帯や,巣をかけることのできる大きな木が少なくなったこと,農薬や化学肥料の使用によって餌となる水生小動物が減ったことなどが災いし,1971年に野生のものが絶滅,飼育されていた最後の個体も1986年に死亡しました。

 その後のコウノトリの人工繁殖・野生復帰計画は,トキの場合と良く似た経緯を辿っています。兵庫県豊岡市にある兵庫県立コウノトリの里公園が中心となり,中国や旧ソ連から譲り受けた個体(日本のコウノトリと遺伝子的に同じ種であることが分かっています)を元にした繁殖に取り組みました。1988年に初めての人工繁殖成功,2000年には飼育数は100羽を超えました。
 野生復帰のための訓練や,生息地となる湿地の整備が進められ,第1回の自然放鳥が行われたのが2005年。2007年には放鳥個体同士のペアでの始めての野外自然繁殖にも成功しました。
 放鳥されたものとその子どもたち,渡り途上で飛来した個体1羽も加え,現在35羽が野生で暮らしています。

 コウノトリの復活にとって幸いだったのは,日本に定着していたグループが絶滅した後も,渡りの途上の個体が時折飛来していたことでした。
 特に2002年に飛来したオス,通称『ハチゴロウ』は2007年に死亡するまで豊岡市内に定着し,その生態を観察することでコウノトリの生息する環境や餌についての情報を得ることができました。また豊岡市周辺に野生のコウノトリが暮らせる自然が残されているということ,大型鳥類の復活を不安視していた一部農家の人々に対して,コウノトリが田畑を荒らさないことの証明にもなりました。


 一度野生から姿を消した生物の復活は,その生物と人間との間だけの問題ではありません。
 食物網や共生など,生物同士の複雑な繋がりの全てを理解することは非常に難しいことです。ひとつの種が失われると,似た生態を持つ他の種がその位置を埋めたり,生物同士の関係が繋ぎ変わったりしながら,生態系はやがて元とは別の形で安定します。逆に言えばひとつの種の復活は,生物の関係の再度の繋ぎ変え,再度の不安定をもたらすものにもなりかねないのです。

 トキの野生復帰への道は,まだその第1歩を踏み出したばかりです。コウノトリより更に情報が少ないため,トキのいない環境で長く生きてきた他の生き物にとって彼らの復活がどのような影響を及ぼすのか,現代の人間の生活と本当に共存が可能なのかなど,これからひとつひとつ検証していく必要があります。
 野生に放たれた,あるいはこれから放たれることになるトキにとっても,復活に尽力されて来た方々にとっても,トキを迎え入れる現地の人々や,人間以外の生き物にとっても。最良の関係が築かれて行くよう,一時のニュースで終わることなく今後も見守りたいところです。

(研究推進課 西村美里)

写真:コウノトリ(Wikipedia)