2008-03-01

NEWS展示続報−研究続く鯨類のストランディング (協力:動物研究部 山田格)


ストランディング調査の実際

 国立科学博物館では,平成13年以降日本鯨類研究所や各地の大学,自治体,水族館などの協力を得て,海棲哺乳類のストランディングに対応するための体制づくりを目指してきました。具体的にはストランディング情報を収集し研究を行なうと同時に,関心のある方々への啓蒙活動も行なっています。
 ストランディングは私たちに,海で泳いでいる姿を観察するだけではなかなか判らない,クジラ・イルカの貴重な生態・生活の情報をもたらしてくれます。ストランディングした個体が新種のクジラと判明したこともあります。生きているクジラ・イルカを新たに殺したり,傷つけたりする必要がないというメリットもあります。
 実際にストランディングの現場で調査・指導に当たっている動物研究部脊椎動物グループ・山田格グループ長に調査の方法や,現場の様子を聞いてみました。

Q.ストランディング現場に到着されてからの,大まかな作業の流れを教えてください。
A(山田).最初に行なうのは,発見の状況や個体の特徴を記録するための写真撮影です。次に計測,続いて解剖・サンプル採取を行ないます。

Q.その場で解剖するのですか?
A.小型の個体は冷凍などして持ち帰れますが,大型のものの運搬は難しいのでその場で調べます。人間より遥かに大きな個体もあり,死んで漂着したものでは腐敗していることも多く,大変な作業です。

Q.解剖の時に調べるポイントはどこですか?
A.1つは死因です。海に生きる彼らが溺れる,というのはにわかに信じ難いかも知れませんが,溺れ死ぬ個体は少なからずいます。海が荒れた後はストランディングする個体が増えますが,既に死んで漂っていたものが流れ着くのに加え,溺れてしまったものも含まれています。
 病気が見つかることもあり,漁具に絡まったらしい傷など,人間が介在するトラブルがあったらしい個体も時に見られます。
 その個体の死ぬ直前の状況も調べることができます。栄養状態はどうだったのか,寄生虫がどの程度いたかなどの健康状態を見ます。胃の内容物を調べると,何を食べていたかに留まらず,何処に生息していた個体なのか,回遊する種ではそのルートまでわかることもあります。
 生殖腺の発達をみると,単におとなか子どもかというだけでなく,繁殖期にある個体かどうかや,そのグループの繁殖サイクルもわかります。

Q.ストランディングの原因は寄生虫ではないか,という話を聞いたことがあるのですが?
A.今のところ,100%寄生虫の所為,と言うのは難しいと思います。健康な個体にも寄生虫はいます。ただ,ひとくちに寄生虫と言っても,種類や数,寄生する場所によって受ける影響は異なってきます。数があまりに多い場合や,聴神経や脳などに寄生した場合には悪影響があるかも知れません。

Q.サンプル採取,というお話が出ましたが,どのような部分を採取されるのでしょうか?
A.博物館標本としては伝統的に骨格,それもできれば全身骨格を採取します。一般的な生物学データ,生活史データを記録するには生殖腺,胃内容物などを,死因や健康状態評価には,全臓器の小片をとって顕微鏡で調べることも行います。環境汚染物質調査には表皮・筋肉・腎臓・肝臓を採取します。表皮からはDNAを抽出します。
 有機塩素やスズ,重金属など,自然界で分解されにくい人間由来の汚染物質は,一旦海洋生物の体に取り込まれると容易には排出されず体内に蓄積されます。ハクジラ類は海の食物連鎖の上位捕食者として,小型魚・中型魚・イカなど様々なものを食べていますが,餌となる生物の体内に蓄積された汚染物質を一緒に取り込むため汚染の度合いは下位の生物と比較してより高くなります。実際,スジイルカの脂皮(表皮の脂肪層)の有機塩素濃度は海水中の1000万倍にもなっていたというデータもあります。

Q.それだけ汚染が進んでいると,何らかの悪影響があるのではありませんか?
A.有機重金属や塩素化合物は人間の場合,水俣病,イタイイタイ病,あるいはさまざまなダイオキシン類の蓄積による悪影響などが知られています。人間が自分たちの生産効率を上げるためや生活を快適にするためにつくりだす様々な物質は海洋などの自然環境に蓄積されて野生動物たちを苦しめている可能性が大きいのです。

Q.全ての作業にはどのくらいの時間が掛かるのですか?
A.カズハゴンドウの場合ではありませんが,新鮮なオウギハクジラ(体長5メートル程度)で4時間程度掛かります。標本などに利用するため骨を露出させる場合は更に1〜2時間必要です。10mをこえる大型のクジラの場合には2,3日掛けないと必要なデータ採取ができないのがふつうです。

Q.ありがとうございました。