日本人の原像:縄文人
骨が語る縄文人の生きざま(2)
縄文人の表情
縄文時代の精霊たち
新たな民族の進入:渡来系弥生人
渡来系弥生人の頭骨
渡来系弥生人の顔
渡来系弥生人の顔はなぜ平らか
縄文人の歯(スンダドント)と渡来人の歯(シノドント)
渡来系弥生人の広がり
渡来系弥生人の故郷を中国に求めて
弥生人の心
弥生人の生活
河姆渡遺跡
稲の道
古墳時代人の姿
アイヌ・本土人・琉球人
日本人の二重構造
アイヌと琉球人の由来
分子レベルでみた日本人のルーツ
   

渡来系弥生人の広がり

弥生時代の中頃(紀元前後)になると、大陸から渡来民が大勢やってくるようになりました。しかし、弥生時代の遺跡からみつかっている人骨が、すべて平らな顔の渡来系弥生人というわけではありません。当時の日本列島には、縄文人の子孫たち(在来系弥生人)も住んでいました。

弥生人骨の発見地

弥生時代、西日本に姿を現した渡来系弥生人は、日本列島の東のほうでは、どこまで広がっていったのでしょうか。東日本でも、数は少ないですが弥生人骨はみつかっています。たとえば、歯の形態からは、関東西部の三浦半島や長野県にも渡来系弥生人が来ていたと推定されています。北海道でも渡来系弥生人の特徴をもつ人骨が1体だけ見つかっています。

九州・山口地域の弥生人骨の発見地

九州では、福岡平野や佐賀平野などの水田稲作に適した地域から出土する人骨は渡来系弥生人です。一方、九州でも、長崎県や五島列島などの山間部や、伝統的な漁労を続けていた海岸部の地域から出土する人骨は縄文人そっくりです。つまり、この時代には渡来系弥生人と縄文人の子孫たちが「住み分け」をしていたようです。

 

     
TOP | 1章 | 2章 | 3章 | 4章 | 5章 | 6章