縄文時代総論
骨が語る縄文人の生きざま(1)
志風頭遺跡の隆帯文土器 -世界最古で最大級の土器-
上野原遺跡
南九州縄文文化の先進性
上野原遺跡の夫婦壺
三内丸山遺跡
三内丸山遺跡(食べる・蓄える)
三内丸山遺跡(狩り)
三内丸山遺跡(装う)
三内丸山遺跡(豊穣と大猟)
三内丸山遺跡(祈りと祀り)
三内丸山交易センター(1)
三内丸山交易センター(2)
巨大木柱とは
最北に生きた縄文人
船泊遺跡縄文人の海獣狩猟の様子
南方との交易品
ヒスイ製のペンダント
貝玉アクセサリーをつけた15号墓の人骨
船泊遺跡縄文人の顔
北方との交易品
船泊遺跡のアクセサリー工房
礼文島縄文人の交易品ルート
   

上野原遺跡や三内丸山遺跡の発見により、縄文人は、私たちのイメージをくつがえすほど豊かな生活をしていたことが明らかになりました。さらに驚くことに、日本の最北端、礼文島の船泊遺跡では、小さな北の島の縄文人が、想像以上にダイナミックな交易をおこなっていたことがわかりました。

船泊遺跡
船泊遺跡は礼文島北部の船泊湾の砂丘に位置します。発見されたのは、今からおよそ3,800〜3,500年前の縄文時代後期の竪穴式住居の跡と墓です。

 
船泊遺跡全景 発掘調査の様子

船泊遺跡から出土した縄文後期の土器群
埋まっていた土器のタイプは、当時東日本で流行していた「すり消し縄文」という文様に、この地の縄文人によって独自の改良が加えられたものです。

深鉢形土器
3500年前
船泊遺跡出土
礼文町教育委員会蔵
 
     
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