港川人骨が発見されたフィッシャー
日本でも縄文時代には、人々が海と深くかかわっていたことを示す証拠があります。京都府舞鶴市浦入遺跡は、日本海に面した舞鶴湾の外海との出入口に位置しています。この丸木舟は舳先(前の方)を南の海側に向けて約50cmの深さに埋まっていました。丸木舟をよく観察してみると、材料は直径2m前後のスギ材を半割りしたものであり、焼いた石を表面に置いて木材を焦がしながら、磨製石斧でくりぬいたものであることがわかりました。 遺跡周辺からは、桟橋の杭の跡、錨として使った大石なども発見され、当時の船着場と考えられます。遺跡の位置からして外洋漁業の基地だったのでしょう。