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深海性巻貝の研究 〜東北沖の漸深海性腹足類〜

長谷川 和範

調査に使用した調査船「若鷹丸」
本調査に使用した調査船「若鷹丸」
地球最後のフロンティアと称される深海は、学術的には大陸棚の縁辺部に当たる水深200mよりも深い海を指します。太陽の光がほとんど届かない暗闇や、低い水温、そして何よりも大きな水圧は、生物の生息を困難にしているだけでなく、人間による詳しい調査をも阻んでいます。実際に、深海生物に関する我々の知識は未だに断片的で、どんな種類が分布しているのかも十分に分かっていません。そこで、当博物館の動物研究部は、日本列島周辺の深海動物相の解明を目指して、1993年以来調査を継続しています。2005〜8年には東北沖の200〜1500mで集中的な調査を行いました。その中で私が担当している巻貝の仲間は、合計1万個体以上の標本が採集されました。これらに基づいた研究の成果の一部を紹介します。
2005〜2007年の調査地点
2005〜2007年の調査地点
2005〜2007年の調査地点
2005〜2007年の調査地点2005〜2007年の調査地点
種内変異
同じ種に属する個体でも、よく見るとみな少しずつ形が異なっています。この変異の度合いは種類によって様々ですが、東北沖の深海性巻貝ではそれが著しい例が多くみられました。図に示したハズレシタダミはその代表です。この種類は従来非常に稀と考えられていましたが、今回の調査で100個体以上の標本が得られました。それらを調べた結果、この種類の貝殻のサイズや表面彫刻、色などに従来の判断基準では別種とも見なされるほど大きな変異があることが分かりました。このほかにも、本調査によって複数の種類とされていたものが、単一の種類の変異型であることが明らかになった例が多数あります。
ハズレシタダミ
ハズレシタダミ、同一倍率でスケールは5mm.
近似種の区別
一方で一見すると単一種のように見えて、実は複数の種類の混合であることが明らかになった例もあります。実は、異種間の違いと種内の変異を区別することは、時に極めて困難です。重要な区別点は形質の連続性で、人間の目で違いは僅かでも不連続に異なる場合は別種と判断されます。例えば、図に示したエゾボラ類は、一見みな良く似ていますが、研究の結果5種類に分けられることが分かりました。興味深いのは、このうち最も普通に出現する3種が水深帯によって棲み分けていることです。おおよそ300mと500mにそれぞれ境界があり、これによって比較的狭い海域の中で同じような生態をもった種類が共存できるのだと考えられます。
このように詳しく調べた結果、1万個体を超える腹足類の標本を177種類に分類することができました。しかしこの中には種類まで確定できなかったものが60種類も含まれていて、その多くはまだ学名の付けられていない未記載種と思われます。これらの詳しい研究は今後の課題です。
エゾボラ属
東北の上部沖漸深海帯に出現するエゾボラ属、同一倍率でスケールは5cm.1-2:エゾボラモドキ、3-4:コエゾボラモドキ、5-6:Neptunea convexa近似種、7-8:ユキドケエゾボラ、9:Neptunea gulbini近似種.
エゾボラ属 垂直・水平分布
エゾボラ属3種の東北沖における垂直・水平分布.縦軸のアルファベットは調査測線(北から)、横軸の数字は水深を表す.表中の数字は種類ごとの確認個体数.黄色:エゾボラモドキ、ピンク:コエゾボラモドキ、水色:Neptunea convexa近似種.

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長谷川 和範(はせがわ かずのり)

長谷川 和範(はせがわ かずのり)

海生無脊椎動物研究グループ
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