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最近の研究から −毒の華−

松原 聰

1. ヒ素
この元素名を聞いただけで、たいていの人は恐ろしさを感じることでしょう。物語や実際の事件でも毒殺の手段として最もよく使われているようです。一般にヒ素とよんでいますが、正しくは三酸化二ヒ素(亜ヒ酸ともいい、化学式はAs2O3と表される)が毒薬の正体です。この化合物は水に溶け易く、無味無臭という点で、ほとんど気づかず嚥下してしまう恐ろしさがあります。
ヒ素あるいは三酸化二ヒ素はどこから来るのでしょうか。ヒ素を含む鉱物で、もっと普通にサンするものは硫砒鉄鉱です。この鉱物は、鉄とヒ素と硫黄からできています(化学式はFeAsS)。これをある方法で燃焼することで、三酸化二ヒ素が得られます。こんな危険な化合物をなぜ作るかといういと、殺鼠剤、農薬、防腐剤などに使うためです。ヒ素(金属ヒ素)は単体として自然にも産しますが、多くは三酸化二ヒ素を還元して作ります。金属ヒ素を銅などに添加して耐食性ある合金を作ることに使われます。また現在では、高純度の金属ヒ素はLED、半導体基板、半導体レーザーなど重要な素材の原料としてなくてはならないものです。
2. 環境中のヒ素
硫砒鉄鉱は、銅、鉛、亜鉛、錫などの金属を含む鉱床によく伴ってきます。それらを主目的に採掘する鉱山では、硫砒鉄鉱は無用なものですから、それをたくさん含む部分を捨ててしまうことが多く、古い時代の鉱山跡の近くには露天に放置された採掘屑の山(ズリとよぶ)によく混じっています。硫砒鉄鉱はもちろん、その他のヒ素を含む鉱物、たとえば硫砒銅鉱(Cu3AsS4)、砒鉄鉱(FeAs2)、鶏冠石(AS4S4)などが、空気や雨水にさらされると、分解しヒ素が水によって運ばれていきます。
3. ヒ素はどこへ?
最近の研究では、水中にできる特殊な鉄の水酸化物(少し硫酸基、[SO4]2-、を含む)に選択的にヒ素が取り込まれ、水が浄化されるということがわかってきています。しかし、この鉱物は自然界で不安定なため、いずれ水を放出して褐鉄鉱の一種になり、ヒ素は別のところに移動させられます。このケースでは、スコロド石(FeAsO4-2H2O)となって落ち着くのだと考えられます。これ以外でも、銅、鉛、亜鉛、コバルト、マンガンなどさまざまな元素と化合物を作って、ヒ素はつかの間の安定な時を過ごしています。このような鉱物がどこに、どのような状態で産するのかを調べるのも私の研究テーマの一つです。自然界で見られるヒ素の鉱物は、美しくも危険を秘めた毒の華なのです。

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松原 聰(まつばら さとし)

松原 聰(まつばら さとし)

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