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多摩川で大海牛の全身骨格化石を掘る
- 世界最古のステラーダイカイギュウの発掘調査−

東京都狛江市の多摩川左岸河床の前期更新世(およそ130万年前)の海成層から、推定体長が5mを超える大型の海牛の全身骨格化石が大部分が河床面に剥出した状態で発見されました。産出した100点あまりの骨のうち、左右の助骨はうつぶせの姿勢で生体時の位置関係を維持していましたが、前半身は体の右側に、椎骨の大部分は左側に移動しており、およそ3m×5mの範囲に分散していました。 また、後位助骨の周辺からは、推定体長4mのホホジロザメの歯が一部助骨に刺さった状態で産出し、中位助骨には多毛類の生痕やハナシガイ類が散見されました。 これらのことから、この海牛は死んだ後すぐに海底に沈んでサメなどの大型捕食動物に食べ散らかされはしたものの、遺骸の一部は長期にわたって海底に露出したままとなって、周囲に還元的環境(貧酸素環境)を好む無脊椎動物の生活の場を創成していたと推測されます。
海牛化石は、部分的に硬い岩塊の中に埋もれていたため、時間をかけて慎重にクリーニング(剖出作業)がなされ、既知の海牛類との詳細な比較検討が 行われた結果、ジュゴン科のステラーダイカイギュウ(Hydrodamalis cf. giggas)に分類されました。今回の発見は、鮮新世のクェスタダイカイギュウ (H. cuestae)あるいはタキカワダイカイギュウ(H. spissa)と中期更新世〜現生のステラーダイカイギュウ(H. gigas)とを橋渡しする、時代の空白を埋める発見となった点で極めて重要です。

海牛化石の産出地点

ダイカイギュウの化石は、都内の高校の先生方によって、2006年9月2日に東京都狛江市の多摩川左岸の河床から見つかりました(写真1)。大変残念なことに、化石の見つかった地点は、翌年の大型台風によって埋没してしまい、現在では見ることができなくなっています。

発見の経緯

発見された化石骨は100点余りで、そのほとんどが河床に剥出しの状態で多摩川の水流に洗われていました。(写真2)
化石は、発見者の同僚の先生方や科で卒業論文に取り組む学生らの助けもあって、現地での発掘は比較的短期間(2006年9月〜12月の4か月間)で終えることができました。
標本は発見者のご厚意で、現在国立科学博物館地学研究部にNMNS-PV21844として保管されています。

化石の正体!

採集された化石骨のうち、下顎骨には歯の退化消失やオトガイ孔(青矢印)が後方に開口するなどの際立った特徴が見られました。また、肩甲骨にも肩甲棘(黄矢印)が極めて小さくて短いなどの特徴が見られました。(写真3) これらの特徴から、この動物はステラーダイカイギュウであることが分かりました。

古生態の化石!

大変興味深いことに、前肢の部分や後位助骨周辺からは推定体長が4mに達するホホジロザメの歯が多数共産しました。また、肩甲骨や助骨の一部には、等間隔に並んだ咬痕や突き刺さったままの状態の歯の破片も見つかりました(写真4)。

これまでにわかったこと

化石が見つかった飯室累層は、およそ130万年前の海成層であることから、この化石はステラーダイカイギュウの仲間としては世界最古となることも分かりました。 また、これまでの日本列島におけるステラーダイカイギュウの化石記録を総合すると、絶滅寸前の18世紀半ばに北極域のベーリング島周辺にしか生息していなかったこの仲間が、少なくとも130万年前から50万年前ぐらいまでは日本近海にも普通に分布していたらしいことが明らかになりました。 発見された化石には、不完全ながら手根骨(手首の骨)や中手骨(手の甲の骨)も残されていました。これまでステラーダイカイギュウの手首から先の骨の標本は現存していなかったので、この動物の鰭の部分については、この標本の発見で初めて大きさや形、プロポーションが明らかになりました。

地球館地下2階の「海に還った四肢動物」のコーナーには、ベーリング島産のステラーダイカイギュウの全身骨格のレプリカが展示されています。現在、このレプリカも含めて国内の全身骨格標本と化石標本の詳細な比較研究を行っています。研究が完了した暁には、この化石の全身骨格のレプリカを作成して、是非とも骨格復元を行って展示公開したいと思っています。最後に、この研究では発掘から標本の剖出、比較検討に到るまで、多くの方に協力をいただいて進めています。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

展示ポスターはこちらから
甲能 直樹(こうの なおき)

甲能 直樹(こうの なおき)

地学研究部