[[[[ 頭蓋の三次元構造的偏倚と咬耗程度 ]]]]



有限要素拡縮分析のために頭蓋内に設定された6個の6面体


**** 溝 口 優 司 ****

2014年4月5日更新


■ 前書き

最近、人類学の分野でも、三次元形態変異の分析法として、幾何学的形態測定学(geometric morphometrics)的な方法がしばしば使われるようになりました。その中でも特に集団間の類縁関係を明らかにしようというような場合に、プロクラステス分析(Procrustes analysis)法がよく使われています。また、頭蓋の人工変形の効果を調べたり、原人の頭蓋形態の特徴を抽出するために、有限要素拡縮法(finite element scaling method: FESM)という方法も使われています。
 本研究では、頭蓋計測点近傍での三次元構造的偏倚の原因を探るために、歯の咬耗度または年齢との関係を調べましたが、その偏倚の方向と程度を推定するのに後者の有限要素拡縮法を用いました。ここにその分析結果の概要を示しますが、詳細はMizoguchi (2012)をご覧下さい。

■ 材料・方法

用いた材料はすべて成人男性頭蓋で、3つの標本を対象にしました。すなわち、江戸時代末期日本人 37個体(東京大学総合研究博物館)と、アフリカ系アメリカ人 30個体(スミソニアン協会国立自然史博物館・国立人類博物館)、インド人 35個体(日本大学松戸歯学部)から成る標本です。
 方法はすでに述べました有限要素拡縮法(三次元構造内の任意の点の近傍の偏倚の方向と程度を推定)と、主成分分析法およびバリマックス回転法(変数間の相互関係を調べる)、ブートストラップ法(任意の統計量の有意性検定をコンピュータシュミレーション的に行なう)などです。


有限要素拡縮法による三次元図形の変形の方向と程度の推定

■ 結果と考察

有限要素拡縮法で直接扱う三次元構造の要素として、タイトル直下の図のように、左右合計6個の6面体を頭蓋の中に設定しました。左右共通に認められた結果(再現性が高く、より信頼できる結果)は以下のとおりです。
 まず、江戸時代末期日本人の標本では、イニオン(後頭部斜め下の項筋が付着する部分としない部分の境目あたりの計測点:トップの図の「i」)近傍の歪みの程度と上顎第一大臼歯の咬耗度が有意に関連していました。この傾向を下の図で説明すれば、次のようになります。すなわち、歯のすり減りが強い人(水色)は、すり減りが弱い人(ピンク色)よりも、頭蓋後方下部の構造のバラツキ程度が大きく、顎の部分がより前方に、後頭部がより後方に伸びる傾向がある、ということになります。イニオン近傍の歪み程度と咬耗度の関連は、咀嚼筋と項筋の機能的連動性の研究報告とも矛盾しません。いずれにせよ、このような関連、つまり規則性は、形態の違いは偶然に生じているのではない、ということを示しています。ただし、歯のすり減りと頭蓋構造の変異のどちらが原因でどちらが結果であるかを知るには、もっともっと研究が必要です。



上顎第一大臼歯の咬耗度とイニオン近傍の偏倚の対応関係

ほかに、アフリカ系アメリカ人標本で、頭頂結節頂点近傍の歪み程度が年齢と有意に関連していることや、分析した3標本の全てで、咬耗度・年齢との関係はありませんが、ブレグマ、バジオン、ラムダという脳頭蓋表面にある計測点(トップの図の「b」、「ba」、「l」)近傍での歪み程度の間に強い関連がある、ということも示されました。これらの結果も非常に示唆的ですが、我々の顔かたちの違いの原因を知るためには、更なる詳細な追加分析を行なわなければなりません。


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