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身近な魚の自然史―アイナメの分類と進化(前編)


はじめに
魚類は水中生活によく適応した生き物です。最近の研究によると世界には約2万7千種の魚類がいるといわれています。この魚類とよばれる動物にはヤツメウナギなどの円口類の他、サメ類、エイ類そしてあの有名なシーラカンスなどが含まれます。

魚類のなかで最も繁栄しているのは硬骨魚類で、その名が示しているように硬い骨をもっています。私が研究しているアイナメの仲間はこの硬骨魚類に属し、その中でもさらに進化した棘鰭類(きょっきるい)というグループにいれられています。進化したといってもヒトに近いというのではなく、体の構造が他の魚類よりも特殊化しているということです。

一般に研究者は背鰭(せびれ)や臀鰭(しりびれ)に硬い棘(きょく、トゲという意味)をもつという特徴や腹鰭が胸鰭の真下(胸部)かそれより前方に位置する状態を特殊化と考えています。ニシンやサケといった原始的な硬骨魚類では背鰭や皆鰭に棘はなく、腹鰭はその名称自身が示すように腹部にあります。さらにアイナメの仲間は鰾(うきぶくろ)を消失し、仔稚魚期を除き底生生活をする方向に進化した魚類と考えられています。




アイナメとはどんな魚か
日本の沿岸には5種類のアイナメがいますが、その中に標準和名でアイナメとよばれる種類がいます(写真1)。このアイナメという種は日本の沿岸各地、朝鮮半島南部および黄海に分布しています。そして岩礁域や砂利底に生息し、単独生活をすることが知られています。また雑食性で、特にヨコエビなどの小型の甲殻類や小魚を食べています。体色は一般に黄褐色-茶褐色ですが、生息場所によって変化し、まわりの環境の色と区別しにくい色になります。繁殖シーズンは秋ですが、その時期雄は雌の注意を引くために鮮やかな黄色の体になります。





写真1 水深15メートルの岩礁域を泳ぐアイナメ 北海道江差(えさし)町で撮影

このアイナメには実にさまざまな地方名があります。たとえば北海道や山形ではアブラコ(油分が多いことに由来)、宮城ではネウ(根魚という意味)、広島ではモミダネウシナイ(籾種を買う代金をはたいてまで買って食うほど美味であるということから)などです。アイナメは地方名の多さからみても昔から私達にとって身近な魚であったことをうかがい知ることができます。この標準和名でアイナメという種が科学の世界にデビューしたのは1895年のことです。アイナメに学名を与えたのはスタンフォ一ド大学のジョルダン博士とその門下生のスタークス博士です。彼等は東京の市場から入手した個体に基づきアイナメにHexagrammos otakii (ヘキサグラモス・オータキアイ)という学名をつけました。ヘキサグラモスとは6本の側線という意味で、オータキアイはこの標本の入手に協力した大瀧圭之助氏の姓に由来しています。この新種記截に使用された標本は模式標本として現在米国のカリフォルニア科学アカデミーで大切に保管されています(写真2)。余談になりますが、命名者の一人であるジョルダン博士は日本の魚類分類学の父といわれる人物で、アイナメ以外にも日本の周辺から数多くの新種を発表しています。

つづく

写真2 アイナメの模式標本 カリフォルニア科学アカデミーにて撮影