博物館紀行


Database for Aquatic-vertebrate Science






南アフリカの魚類学研究所の正面玄関

South African Institute for Aquatic Biodiversity (旧J.L.B.スミス魚類学研究所)はローズ大学の付属施設で、グレアムズタウンという、縁豊かで静かな雰囲気につつまれた学園都市の中心部にあります。J.L.B.スミス(初代所長)はシーラカンスを記載したことで有名な魚類研究者です。スミスは南アフリカを含むインド洋西部の魚類に関する論文を数多く出版しています。スミスの偉大な業績を記念して、この研究所はスミス魚類学研究所と名づけられましたが、最近名前を変更しました。研究所には約30人のスタッフがいます。研究者7人、標本管理部門に5人、図書室に3人、そして研究支援スタッフや事務職が20人弱という構成です。魚類の研究のみを行う研究機関というのは珍しく、他の国にはありません。世界最大の魚類コレクションをもっているのはアメリカのスミソニアン研究所ですが、組織的にはSouth African Institute for Aquatic Biodiversityの方が充実しています。

ところで、海産動物の多くの種類は広い地域に分布しています。たとえば、日本南部の沿岸に見られる種類は、フィリピンやインドネシアなどの太平洋西部、そしてタイやインドを経て遠くアフリカ東岸まで分布しています。インド洋西部から太平洋西部までを含むこの広い地域は、動物地理学ではインド・西太平洋地域とよばれています。日本周辺はこのインド・西太平洋地域の北の端ということになります。では、西の端はどこになるでしょうか。それは南アフリカです。インド・西太平洋地域の魚類を研究していると、北と西の端を比較するために南アフリカに行きたくなります。私も南アフリカの研究所や博物館を訪れて、標本を調査したいと思っていました。

幸運なことに南アフリカを訪れる機会がありました。
South African Institute for Aquatic Biodiversityにいる友人のヒームストラから「インド洋西部の浅海性魚類に関する図鑑を作成しているので、フグ類を担当してもらえないか」という依頼がありました。そして、彼の電子メールには「担当してもらう場合には南アフリカを訪問する旅費を負担する用意がある」と書いてあったのです。私が担当するグループはフグ科魚類とサンゴ礁に生息するモンガラカワハギ科魚類でした。これらのグループの多くの種類は太平洋西部とインド洋西部で共通しているのですが、種内変異がどの程度あるかに興味がありました。また、インド洋西部には少数ですが、太平洋西部には分布していない種類がいるのです。

研究所にはインド洋西部から集められた豊富な魚類標本が保管されています。充実した魚類コレクションを毎日調べることができたので、研究を能率的に進めることができました。その結果、これまで不明だった太平洋西部とインド洋西部のサバフグ属魚類の関係が明らかになりました。また、幸いなことに、私が滞在している間に新種のフグが研究所にもちこまれました。海洋研究所の人たちがダーバン付近で採集した魚類標本をヒームストラの研究室にもってきたのです。その中に見慣れないフグがありました。一見しただけでシッポウフグ属の仲間だと分かったので、文献を調べてみると、既知種とは明瞭に異なることがわかりました。シッポウフグ属には19種が含まれていますが、アフリカ東岸からは3種が知られているのみでした。新種のフグはシッポウフグ属の20番目の種類となります。新種のフグも含めたインド洋西部のフグ類に関する原稿を8割ほど書いたところで、帰国することになりました。