世界の研究史

変形菌は、150年前まではキノコの仲間と考えられていました。 キノコは、2000年以上も前のアリストテレスの時代から、動物と違って動かないために植物として扱われてきました。 ところが19世紀中頃に、ドイツの菌学者ド・バリーの注意深い観察によって変形菌の生態は動物的であることがつきとめられました。 それ以後、変形菌は「キノコから独立した生物グループ」として研究されています。

 日本の研究史
19世紀後半に欧米で高まった変形菌研究の波は、日本へもすぐに伝わりました。当時の日本は明治の中期にあり、先進国の文化を次々と吸収していたのです。 日本人による日本産変形菌の第1報が発表されたのは、1888年のこと。1908年には、南方熊楠の手によって最初の日本産変形菌目録がまとめられました。

 南方熊楠(みなかた・くまぐす/1867〜1941)
幼少より博物学に興味を持ち、明治〜大正〜昭和にかけ活躍し、“生きた百科大事典”ともいわれた国際的な学者。 1886年にアメリカへ渡り、植物の宝庫のフロリダやキューバなどを探検。続いてイギリスへと渡り、大英博物館で古今東西の知識を吸収しました。1900年に帰国し、その後は民俗学的著作を次々と発表しながら、隠花(いんか)植物と呼ばれていた菌類(きんるい)・地衣類(ちいるい)・藻類(そうるい)・蘚苔類(せんたいるい)などを精力的に採集して研究。日本における、変形菌分類学の基礎を固めました。

 生物分類の変遷
生物を植物と動物の2つに分ける「生物二界」の考え方は、アリストテレスの時代にまでさかのぼれます。 変形菌はキノコの仲間と認識され、植物界の生物でした。 光学顕微鏡の発達と電子顕微鏡の普及によって、微生物研究が飛躍的に発展した結果 、今世紀の中頃には「生物五界説」が提唱され、当初は菌界に置かれていた変形菌も、のちに原生生物界へ移されました。 現在では、生物界をもっと細かく分ける考えも提案されています。

 変形菌の原形質流動
一般に、生物の細胞には原形質流動(げんけいしつりゅうどう)が見られます。しかし、変形体の原形質流動には、ほかの生物のものとは大きく違った点があります。 第1は、ほかとは比較にならないほど速く流れ、秒速1ミリを超すこと。顕微鏡でのぞくと、人間の血液の流れのように激しく動いているのがわかります。 第2は、約1分ごとに流れの方向を変えること。その流れの中には、無数の核と大量 の栄養物などがまざっています。

 変形体の移動
成熟した変形体は、明るく乾燥した場所へとはい出てきます。 エサとなっていた微生物が多く生息している陰湿な環境から、子実体を作る場所を探して移動するのです。岩や草木に登ることも、珍しくはありません。変形体は、長い月日をかけて成長したあと、半日ほどの短時間で子実体に変身します。

 子実体への変身
最もよく研究されているモジホコリの変形体は、数日の飢餓期間のあとに光を1時間ほど当てると、子実体形成が始まります。

 変形菌の大分類
変形菌は世界で約800種が知られており、それらは子実体の色・形・顕微鏡的特徴で区別 されています。 細毛体(※1)や石灰質結晶(※2)の有無、胞子(※3)の色の明暗は分類学上きわめて重要で、これらの特徴によって、変形菌は 【1】コホコリ類 【2】ハリホコリ類 【3】ケホコリ類 【4】モジホコリ類 【5】ムラサキホコリ類 の5つに大きく分類されています。

※1-細毛体のいろいろ
細毛体(さいもうたい)の構造や模様は、変化に富んでいます。ケホコリ類の模様のある細毛体は、弾力性があり、胞子を弾き飛ばします。モジホコリ類の細毛体は、石灰を排出する管の役目を担っています。ムラサキホコリ類の細毛体は、子実体の形を保つ骨組みです。子実体の外見が著しく違っていても、細毛体の特徴が似ていて同じ仲間であることが分かったり、逆に子実体の外見が似ていても、細毛体の特徴が異なっているため別 の仲間というケースもあります。

※2-石灰質結晶の形
モジホコリ類では、細毛体を通 って排出された石灰が結晶化し、子実体の表面に沈着します。黄色やオレンジやピンクの色素を含むものもあり、それが子実体の色となっています。 顕微鏡で観察すると、結晶の形に粒状、針状、板状などの違いが見られ、モジホコリ類を大きく分類する基準となっています。

※3-胞子の模様
変形菌の胞子は、ほぼ球状で、直径が10ミクロンほど。1ミリの長さに100個の胞子が並ぶほどの小ささにもかかわらず、種類ごとの胞子の大きさは、ほぼ一定になっています。表面 にトゲやイボ、あるいはアミ目の模様などが見られますが、これらの模様も、やはり種類によってほぼ決まっています。 相互に付着して、かたまり状になることを特徴としている胞子もあります。胞子の模様は、変形菌の胞子形成を知る重要な手がかりともいえるでしょう。