微古生物リファレンス・センターとハーバリウム

深海底を掘削する

 
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図1 深海掘削の歴史
(国立科学博物館企画展「深海探査と微化石の世界」より)
世界初の学術目的の深海掘削が行われたのは1961年、今からわずか50年ほど前です。アメリカの掘削船カス1号(CUSS-1)によってメキシコ沖の水深3558メートルで行われ、海底下170mの堆積物とその下の玄武岩13mが採取されました。1968年には、深海底を掘削して地球と生命の歴史を明らかにしようというプロジェクト「深海掘削計画(DSDP: Deep Sea Drilling Project)」がアメリカで始まりました。数々の学術的な成果から、「地球科学に革命を起こした船」とよばれることになる深海掘削船グローマー・チャレンジャー号(D/V Glomar Challenger:6281t)がこの計画に使われました。この掘削船は、船底の中央に開けられた孔(ムーンプール)から、巨大なクレーン(デリック)によって掘削ドリルを海底に降ろし、水深4000mの海底で海底下1000mを掘削する能力がありました。 深海掘削計画は、1975年には国際共同研究「国際深海掘削計画(IPOD: International Phase of Ocean Drilling)」に進展し、およそ9年間続けられました。つづく1985年からは、より掘削能力の高い掘削船ジョイデス・レゾリューウション号(D/V JOIDES Resolution)を用い、ODP(Ocean Drilling Program)と名称を変えて国際深海掘削計画が再スタートします。DSDP-IPOD では642地点の掘削が行なわれ、延べ10万キロメートルのコアが採取され、地球科学史上最大の成果の一つである「動的な地球観」が確立されました。それにつづくODPでは、地球深部から地殻、さらに大気中で起こる現象を統一的に説明できるような「新しい地球像」が模索されました。そして2003年からは、統合国際深海掘削計画(IODP: Integrated Ocean Drilling Program)が、地球深部探査船「ちきゅう」やジョイデス・レゾリューウション号などを用いて遂行されています(図1)。 この、わずか50年の間に行われた深海掘削によって、地球最後のフロンティアといわれる深海底の成り立ちが明らかになり、海洋底をつくる地層を研究して地球の歴史を1億年以上も遡ることが可能になりました。かつてこれほどまでに私たちの地球への理解を深くした科学プロジェクトがあったでしょうか。

微化石と深海掘削

微化石をつかった年代尺度、すなわち真核単細胞生物の有孔虫、放散虫、珪藻、石灰質ナノプランクトンなどの化石を用いてコアに年代目盛を入れるための尺度、の確立は深海掘削計画-国際深海掘削計画の最大の成果の一つです。掘削によって船上に引き上げられたコアから、簡便にさまざまな微化石を取り出すことができます。選ばれた微化石種が初めて産出する層準、逆に産出しなくなる層準、急に産出量が変化する層準(これらを生層序基準面という)と、放射性同位体を用いた年代測定、地磁気の極性反転の年代などとの対比によって年代表(微化石年代尺度)がつくられてきました(示準化石).また、真核単細胞の海洋プランクトンや底生の真核生物は、炭素循環をはじめ、現在の地球の地殻-大気-海洋の間で展開される物質循環システムの主要な構成要素であり、その種類や生物量の変化は、地質時代の地球環境の主要な支配要因であったと考えられています。 この微化石を、1)コレクションとして(大げさに言えば人類の遺産として)永久に残したい、2)深海掘削コアやそれに含まれる微化石を使って研究され公表された成果を検証するために利用したい、あるいは、3)新しく計画している研究の概査に使いたい、などの要望に答えるため、国際深海掘削計画の一環として微古生物リファレンス・センター(MRC:Micropaleontological Reference Center)が設立されました。

微古生物リファレンス・センター

MRCにおけるリファレンス・コレクションの作成と研究者によるコレクションの活用は、およそ図1のように行われています。深海掘削計画-国際深海掘削計画で採取された試料は、乗船研究者による試料の採取が行なわれた後、ブレーメン大学やテキサスA&M大学などのCore Repositoryに冷蔵されます。MRCでは、MRCキュレーターのリクエストによってCore Repositoryから送られてきた試料から、各試料について同じ内容の8組の有孔虫、放散虫、珪藻、石灰質ナノ化石の標本(プレパラート)が作られます(図2)。でき上がった標本は、センター間で互いに交換され、各MRCは同じコレクションを保管・管理することになります。この標本の交換こそが、MRCを微化石標本のリファレンス・センターとして機能させるための要なのです。各MRCは少ない努力で、コレクションの充実をはかることができ、標本を利用する研究者は最寄りのMRCを訪ねることで、旅費と時間を節約して研究を進めることができます。各センターには顕微鏡や文献、研究スペースなど研究のための準備が整えられていることに加えて、1994年から、1年に100枚を限度に標本を借りることができるようになりました。現在、有孔虫、放散虫、珪藻、石灰質ナノプランクトンの4種類の微化石コレクションをすべて保管・管理するのはフル規格のMRCであり、米国国立自然史博物館、テキサスA & M大学IODP/USIO、バーゼル自然史博物館、国立科学博物館、ニュージーランド地質学・核科学研究所の5ヶ所に設置されています(図3)。サテライトMRCは、1から2種類の微化石グループを保管?管理し、世界各地に11カ所設置されています(詳しくはこちらを参照して下さい)。フル規格のMRCでは、有孔虫、放散虫、珪藻、石灰質ナノプランクトンの合計で、23,416点の標本を保有しています(図4)。
 >> 微古生物リファレンス・センター(MRC:Micropaleontological Reference Center)

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図1 MRCのネットワーク(国立科学博物館叢書13巻より)
図2 微化石標本と標本トレー(国立科学博物館叢書13巻より)

図3 16ヶ所のMRC(a)(国立科学博物館叢書13巻より)
図4 微化石標本の採取地点(a右:太平洋,b:大西洋−インド洋)
(国立科学博物館叢書13巻より)

ハーバリウム

MRCのコレクション以外の微化石の標本については、地学研究部の微化石コレクション(MPC)に収められています。これらは、当館の 標本・資料統合データベースの「微化石」から検索することが出来ます。

また、微化石と現生微細藻類の両方を研究された奥野春雄氏の標本資料については、植物研究部の 微細藻類標本庫に収められています。