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翡翠展−東洋の至宝−
翡翠とは

「翡翠」 とは
「翡翠輝石」と呼ばれる鉱物が集まった岩石。純粋なものは白色ですが、クロムや鉄、チタンを含むことで、緑や青、ラベンダー色(淡紫)などに発色します。微細な柱状結晶が絡み合い、壊れにくく加工が難しい石です。多くの翡翠は不透明か半透明で、高価な宝飾品となる澄んだ色の翡翠は極めて稀少です。世界でも産出地は日本、ミャンマー、グアテマラ、ロシアなどに限られます。
世界で最初に翡翠を使ったのは、約5000年前の縄文前期末の人々でした。神秘の力を持つ石(副葬品として魂を鎮める石、権威や富者の象徴、シャーマニズム的な祭事の石など)として扱われ、日本は翡翠文化の発祥の地といえます。日本の翡翠は良質ですが、新潟県糸魚川市、青海町の産地は国の天然記念物に指定され、翡翠の採掘が禁じられています。現在市場に出ている翡翠宝飾品の大半は、ミャンマー産とみられています。

翡翠にまつわる話
奴奈川姫伝説〜翡翠の産地・糸魚川

「沼名河の底なる玉 求めて得まし玉かも 拾ひて得まし玉かも あたらしき 君が老ゆらく惜しも」〜万葉集より
翡翠の産地・糸魚川がある、越の国にいた、美しく賢い、と評判の高かった奴奈川姫(ヌナガワヒメ)のために歌われた歌です。
《底なる玉》は、川底にある翡翠を表すと言われています。そして、大国主命を奉る出雲大社本殿の裏の真名井遺跡からは、日本でも最高の品質と思われる翡翠の勾玉が出土し、大社に保管されています。


古代日本と中国の翡翠

『魏志』倭人伝に 《・・・男女生口三十人を献上し、白珠五千孔、青大句珠二枚、異文雑錦二十匹を貢す。・・・》という、卑弥呼の死後、年13歳で女王の位についた壹與が、魏の都・洛陽に使をつかわしたときに献上した品物についての記述があります。この中の一つ「青大句珠二枚」は、翡翠の勾玉であると言うのが、通説となっています。

中国の翡翠

中国では古くから「玉」(ぎょく)は王の象徴で、高貴なものには「玉」という言葉を多用しました。王の座席を表す「玉座」などの言葉に、この名残があります。古くは軟玉でしたが、清の時代以降は翡翠も使われ、五徳(仁・義・礼・智・勇)を高める石、現世と霊界をつなぐ石、金運を司る石などとされ、現在も人気の高い石です。女性の装飾品としてはもちろん、男性にとっては権力や地位の象徴としての意味を持ちました。


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