1985年、田中さんはタンパク質をイオンの状態にする方法がないものか試行錯誤していました。タンパク質は私たち生物の身体を構成する非常に重要な物質です。タンパク質は私たちの遺伝子に書かれた情報に従って細胞の中で作り出されますが、その数は約十万種にもおよぶと考えられています。各々のタンパク質は、細胞内で物質を運搬したり、分解したり、細胞の形を維持したりといった独自の役割を担っています。
 タンパク質の重さをはかるには、分子を一つずつイオンにして分析機器にかける必要があります。しかし、タンパク質はレーザーを用いてこわさないでイオン化するのが非常に困難でした。問題はタンパク質のようなたいへん大きい分子(高分子)は、レーザーの熱でバラバラに壊れてしまうということでした。そこで田中さんたちの研究グループは考えました。「タンパク質のような高分子に何か特別な物質を混ぜてイオン化することで分子を保護できないものか」。
 考えた末、レーザーを吸収しやすい金属微粉末を混ぜればタンパク質の破壊がくい止められるのではないか、という結論に達しました。そんなある日、実験中に、別々の実験で使うつもりだったグリセリンとコバルトの微粉末をまぜてしまうという失敗をしてしまいました。普通なら使いものにならない試料は捨ててしまうのでしょうが、田中さんは「捨てるのはもったいない」と考え、分析してみることにしました。すると、今までずっと求め続けていた結果がはじめて得られました。なんと溶液中の高分子がそのままイオンの状態になったのです。
 思いもよらない成果は、タンパク質をイオンの状態にすることを可能にしてしまいました。田中さんのグループはさらなる解析と検討を重ね、「ソフトレーザー脱離法」としてタンパク質をイオン化させる方法を完成させました。そして1987年、京都工芸繊維大学で開かれた質量分析連合討論会でその成果を発表しました。日本での評価は今一つでしたが、アメリカの研究者が田中さんの成果を世界に紹介しました。そしてこの研究成果を利用した質量分析機器がはじめてアメリカに納入されました。
 その後、質量分析機器を購入したいという動きはなく、田中さんはいったんその研究から離れることになりました。ところがドイツの研究者らがタンパク質に混ぜる物質を研究して質量分析機器を改良すると、市場が広がりはじめました。田中さんはイギリスの関連会社に出向して、再び研究に携わるようになりました。田中さんが開発した質量分析機器は世界各国の研究室で使われるようになり、日本国内でも「島津製作所の田中さんが開発した手法は、タンパク質の研究にはなくてはならないものだ」と評判になりました。