「電圧を上げているのに、電流が減る。なぜだろう?」 東京通信工業に転職して2年目、江崎博士は不思議な現象を目にしました。PN接合というタイプの半導体結晶(ダイオード)に大きな電圧をかけているのに、電圧がある値をこえると、電流が増えるどころか減っていく現象があらわれたのです。半導体とは、きわめて低温ではほとんど電気を通さず、温度が上がると急激に電気を通すような物質で、コンピュータや家庭用電気機器に広く使われています。
  PN接合型ダイオードのP層は、高純度のゲルマニウムに、不純物として高純度のガリウムを少し混ぜた物質からなっています。一方のN層は、高純度のゲルマニウムに、不純物として高純度のリンを少し混ぜた物質からなっています。このPN接合型ダイオードを用いた回路では、P層はプラスの電気をもつ性質、N層は電子をもつ性質を発揮し、一方方向にのみ電流を流します。ゲルマニウムに混ぜる不純物を増やしていくと接合部が薄くなることが知られていて、そのころの江崎博士はその幅をどこまで薄くできるか実験していたのです。そして接合部を10ナノメートルにまで薄くしたとき、不思議な現象にめぐりあったのでした。江崎博士が予想もしなかった順方向のトンネル効果でした。博士は「まさにサプライズ(驚き)だった。」と語っています。
 トンネル効果とは、電子や素粒子といった極微小の世界でのみおきる現象です。常識の世界では、壁に打ちつけたテニスボールは壁から跳ね返ってきます。ボールが壁を通り抜けて壁の向こう側にいくことはありません。しかし極微小の世界では、打ちつけた電子がある割合で壁の向こう側に通り抜けてしまうと考えられています。それがトンネル効果です。トンネル効果は半導体でもみられるはずだと予言されており、江崎博士はPN接合型ダイオードに逆方向の電圧をかけた時にトンネル効果がおきることを、その時すでに観測していました。しかし正方向の電圧をかけたときにもトンネル効果がおきるとは予想もしていませんでした。